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美空ひばり御殿の売却とは? 住所や借金がヤバイ?長男・加藤和也の借金とは?

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テクノロジーを駆使してよみがえった美空ひばりが新曲を披露する。紅白歌合戦が頼りにするのは今も彼女なのだ。ところが、そんな盛り上がりをよそに、ひばりの「聖地」が売りに出されていた。売主は、長男の加藤和也氏(48)だというのです。

東京は目黒区青葉台。お洒落な男女が行き交う代官山からほど近い一角に、「東京目黒 美空ひばり記念館」がある。「ひばり御殿」と呼ばれた彼女の居宅をそのまま使ったメモリアル施設だ。

現代の若者には、かなり昔の歌姫!日本のレジェンドです。

何が起こっているのでしょうか?

ここでは、「ひばり御殿」を紹介し、長男・加藤和也の挙動に迫ってみました。


美空ひばりさんのWiki経歴は?


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◆ 名前:美空ひばり(みそらひばり)
 
◆ 出生名:加藤和枝(かとうかずえ)

◆ 愛称:御嬢(おじょう)

◆ 生年月日:1937年5月29日(歳)

◆ 出身地:日本 神奈川県横浜市磯子区滝頭

◆ 死没:1989年6月24日(52歳没)
 
◆ 身長:147㎝

◆ 体重:㎏

◆ 学歴:清華学園高等部

◆ 職業:歌手・女優

◆ ジャンル:  歌謡曲、演歌、ジャズ

◆ 活動期間:1947年 - 1989年

◆ 家族:両親、妹は佐藤勢津子、弟はかとう哲也・香山武彦。

◆ 事務所:ひばりプロダクション

美空ひばりの経歴

・12歳でデビューして「天才少女歌手」と謳われて以後、歌謡曲・映画・舞台などで活躍し自他共に「歌謡界の女王」と認める存在となった。


・昭和の歌謡界を代表する歌手であり、女性として史上初の国民栄誉賞を受賞した。


・滝頭の魚屋「魚増」を営む父・加藤増吉、母・喜美枝の長女・和枝(かずえ)として生まれた。


・敗戦後間もない1945年、私財を投じて自前の「青空楽団」を設立。近所の公民館・銭湯に舞台を作り、和枝8歳のときに「美空」和枝(母の提案)の名で初舞台を踏む。


・1946年、NHK『素人のど自慢』に出場し、予選で『リンゴの唄』を歌い加藤母子は合格を確信したが鐘が鳴らない。
審査員は「うまいが子供らしくない」「非教育的だ」「真っ赤なドレスもよくない」という理由で悩んだ挙句、合格にすることはできないと告げた。


・横浜で行われたのど自慢大会終了後、加藤母子は審査員の古賀政男のもとに駆けつけて「どうか娘の歌を聴いてください!」と懇願し、和枝はアカペラで古賀の「悲しき竹笛」を歌った。古賀はその子供とは思えない才能、度胸、理解力に感心し「きみはもうのど自慢の段階じゃない。もう立派にできあがっている」、「歌手になるなら頑張りなさい」とエールを送った。

・1949年1月、日劇のレビュー『ラブ・パレード』(主役・灰田勝彦)で笠置の『セコハン娘』、『東京ブギウギ』を歌い踊る子供が面白がられ、同年3月には東横映画『のど自慢狂時代』(大映配給)でブギウギを歌う少女として映画初出演。


・1962年、小林旭と結婚。

・別居後の1964年、わずか2年あまりで小林と離婚。


・1989年・間質性肺炎の症状が出始めていたとされており、立っているだけで限界だったひばりは、歌を歌い終わる度に椅子に腰掛け、息を整えていたという。それでも同番組のフィナーレでは、番組制作に携わったスタッフやゲストらに感謝の言葉を述べ、「これからもひばりは、出来る限り歌い続けてゆくことでしょう。


・1988年12月25日、26日と帝国ホテルにて、生涯最後のクリスマスディナーショーが行われ石井ふく子王貞治らひばりの友人も足を運んだ。

・1989年1月8日、元号が「昭和」から「平成」へ移り変わったその日、ひばりは「平成の我 新海に流れつき 命の歌よ 穏やかに…」という短歌を詠んだ。

・その3日後の1月11日、『川の流れのように』のシングルレコードが発売される。しかしこの時のひばりの肺は、既に病に侵されていた。

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・2月7日、九州厚生年金会館での公演が、ひばりの生涯最後のステージとなった

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・再入院から2日後の1989年3月23日「アレルギー性気管支炎の悪化」「難治性の咳」など呼吸器系の療養専念のため、横浜アリーナ杮落としコンサートを初めとするその他全国ツアーを全て中止し、さらに歌手業を含めた芸能活動の年内休止が息子の和也から発表された(再入院当時「特発性間質性肺炎」の病名は公表されなかった)。

・そして1989年6月24日午前0時28分、特発性間質性肺炎の症状悪化による呼吸不全の併発により逝去。52歳没。

(出典:ウイキペディア)



「ひばり御殿」とは?

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美空ひばりの自宅を改装したものです。「美空ひばり記念館」です。

この家は「私にとりましても二つとない故郷です。」と言っております。

ひばりはこの家から仕事に出かけ、親しい友人の方々、仕事のスタッフと交流を図り、羽を休める場であったのです。

そして何より家族のきずなを深める場であったのです。

長男の“和也”さんは、独り占めするのもそろそろ終わりにして、ひばりの没後25年経って「美空ひばり記念館」としてオープンしたのです。



🔸 所在地:東京都目黒区青葉台1丁目4番12号

🔸 入館料:大人1500円 高校生・中学生・小学生500円 (未就学児童は無料)

🔸 定休日:毎週火曜日・金曜日、5月29日、6月24日、8月13日〜15日、12月29日〜1月3日

🔸 営業時間:10:00 〜 18:00

🔸 プライベートで予約制になっているので、ゆっくりと見回ることができます。

🔸 ファンからの手紙などもたくさん置いてあったり、愛用していたグランドピアノが置いてあったり、と美空ひばりさんの生活にプライベートに遊びに行くような感覚になれるそうです。


美空ひばり御殿」売却の訳は?

長男の加藤和也さんが完利していたのですが、8億もの借金をしてしまい、売却しようとしているのです。

加藤和也さんは、48歳で、美空ひばりの長男で、実業家・芸能プロモーターを職業としております。

会社は、株式会社ひばりプロダクション・藤和エンタープライズ代表取締役社長です。

希望の売却価格は14億円だそうです。
美空ひばりさんの歌唱印税や、ファンクラブの会員費などいろいろな権利から、年商それだけで1億以上と言われていました。

それにプラスして、不動産などもあるのですから、どうやったら借金ができるのか?ということなんですが、加藤和也さんは実業家なんですよね!

ビジネスをして失敗してしまったらしく、その負債額が8億円にのぼるということです。

藤和也さんはそもそも、京都にあった「美空ひばり記念館」を買い取って、「京都嵐山ひばり座」としてリニューアルオープンしようとしました。
このリニューアルにかけたお金はなんと、13億!!
かなり豪華な造りになっており、この資金をパチンコメーカーから借りて、その代わりにパチンコに美空ひばりさんの歌を使う、ということで返済の契約をしていたそうです。
しかし、このひばり座が赤字になってしまい、結局閉館となってしまいます

要は、美空ひばりさんのファンも、歳をとってしまって、会場になかなか足を運べない、というのが現状のようです。


まとめ

いかがでしたか?

美空ひばりと言えば、右に出るものがいないほど日本では“超有名”なレジェンドです。

美空ひばりさんを知っている若者が少なくなり、ファンも年を取ってしまい紅白歌合戦でよみがえったようですが“その記憶”の減少傾向は避けられません!

そこを読み取って、事業が推進されなければならないのです。

美空ひばりは日本の宝です。何とか残ってほしいと願うのは私だけではありません!

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